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モリガン区 Ⅳ

作者: エチカ
last update publish date: 2026-04-04 06:45:46

 祖母は顔の上半分が薬草に被れて、まるで火傷の痕の様に爛れている。

 その見た目から祖母は魔女ドーラと揶揄されていた。

「あぁ、いや違う。気を悪くするな。彼女は栗毛で肌も小麦の様だった。お前は銀髪に白い肌をしているから、こんなに違うものかと……」

「そ、祖母に会ったことがあるんですかっ?」

「あぁ、一度だけ。モリガン伯が薬物兵器を研究していた者を監禁していると聞いて、見に行った」

「そう、ですか……」

 元気だったのか、どんな風に拘束されているのか、聞きたい事は沢山ある。

 何一つ聞けなかったのは自分が今、殺人容疑で連行されている罪人だと思い出したからだ。

 それを忘れる程、目前にいる公爵閣下は穏やかな声で話している。

 尋問するでもなく、罪人だと蔑む様子もない。

「僕はこれからどうなりますか……?」

「まぁ、特別室でお話合いだな」

「特別室……?」

「お前の為に用意した特別な部屋だ」

 拷問――。その言葉が最初に過る。

 抑揚なくそう言われて、心底恐ろしくなった。

 彼からしてみれば犯罪者なんて珍しい物ではないのだろうし、拷問するのだって日常の一部に過ぎないのかもしれない。

 今日のディナーはシチューだよ、くらいの軽さで言われるのも当たり前なのかもしれない。

 だが、一介の商売人には非日常すぎて驚くなと言う方が無理だ。

 驚く暇があるなら、一つでも状況を把握しろ――。

 今、動揺したって状況は変わらない。

 どうにか隙をついて逃げないと。

 オルタナはそう腹に決めて車窓の向こうへと視線を投げた。

 馬車は王都に向かっているはずなのに、何故か鬱蒼とした森の中を走っている。

「え……」

 いや、アリアンロッド街道は真っすぐ王都へ敷かれた王都への最短ルートだ。

 そのモリガン区側の入り口にある自分の店から、橋を渡るともう隣のノックス男爵領に入る。

 アリアンロッド街道は商人の為に敷かれた、王都アルメリアからモリガン区までを安全に、最短距離で移動できる街道だ。

 街の中心街を突っ切る様に走っているその街道が、こんな森の中を通るはずがない。

 もう、ここが何処かすら分からない。

 こんな森の中で逃亡を企てた所で、方向も分からず野宿する羽目になって野獣に食われておしまいだ。

 乱立する木々の隙間に見える黄金色の畑を見て、オルタナはハッと気づいた。

「黄金麦《こがねむぎ》……?」

 黄金麦はアウルム地方の穀倉地帯でしか育たない珍しい麦の一種だ。

 通常秋頃に実るイネ科の植物と違い、黄金麦は春に穂を実らせる。

 アウルム地方は農業が盛んな田舎ではあるが、王国の中でも珍しい作物が多く採れる上、サリバン公爵領としても最大の広さを持っている。

「目が良いな。もうそろそろ収穫祭だろうな」

「あの、何でこんな所に……」

「言っただろう。お前の為に用意した特別室がある、と」

 そう言って公爵は満足げに口角を上げた。

 こんな田舎の麦畑しかない所に犯罪者を連れてきて、何をしようと言うのか。

 王都に連行しない理由も分からない。

「ふはっ……お前は敏いのか鈍いのか分からんな」

「は……?」

「冷静沈着なだけかと思っていたが、ただ判断出来ずに黙っていただけか? 何故、弁明しない? もっと騒ぐかと思っていたが」

「さ、騒いだらスーランは殺されていたでしょう?」

「殺さないと言ったはずだ」

「うそだ……」

「まぁ、信じないと言うならソレはソレだ。なら、俺も信じない事にしよう。お前は複数のモリガン兵を殺した容疑で裁かれる事になる」

「ぼ、僕はそんなの知らないっ! 軍人を複数人殺すなんて、こんなひ弱な僕に出来る訳ない……」

「あぁ、だが毒薬なら体躯の差は関係ない」

「毒薬だって?」

「お前にはその知識があるだろ? モリガン兵は今、隣国ラカンに斥候部隊を潜入させている。モリガン大佐もその陣頭指揮で遠征に出ている。だが、その潜入作戦の前、六名の兵士が二日の内に死んだ」

「二日で六名……」

「その六名は死ぬ直前まで斥候部隊として隣国に入る予定のあった者だ」

「し、知らないっ! 僕は毒なんて扱ってない! それに軍の潜入捜査の情報なんて、僕が知ってるわけがない!」

「ラカンと繋がりのある者がやったと思われても仕方ない」

「僕はラカンと関係なんてこれっぽっちも……」

「あぁ、だがお前はモリガン軍に香辛料を卸している」

「は? それは、だってモリガン大佐に頼まれて……」

 待て。話の流れがおかしくないか?

 この流れだと、モリガン軍が隣国ラカンと何かしらの関係がある様に聞こえる。

 いや、そんなはずない。

 部下想いのモリガン大佐は兵士の寝つきが良くないとか、疲労回復に良い物はないか、と時折店を覗いてくれていた。

 無骨で男気を固めた様な軍人らしい軍人。

 モリガン大佐はその見た目とは裏腹に、優しい人だ。

 だから、罪人の孫であるオルタナの店の事も気にかけてくれていた。

 モリガン大佐に頼まれて香辛料を軍部に卸していたのは確かだ。

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